JKというカテゴリに対する疑念
結局JKという言葉に囚われすぎてはいけないと最近は思っている。
商業とJK
カテゴライズすることで、販売促進やPRにはなる。
カテゴライズすることで、ステレオタイプ的に理解しやすくなる。
例えば、JKの印象をざっと列挙すると、 - 肯定的要素で言えば、若々しさや純粋さ、斬新、エネルギッシュ - 否定的要素で言えば、無知、軽率、軽薄、未熟
しかしながら、それらの言葉でカテゴライズできないほどに、実際にもっと思慮深く、たくさんのことを考え、たくさんのことを感じているようである。
かつての自分が同じような道を通ってきたはずである。
とは言ううものの、やはり便利な表現技法なのでこれからもカテゴライズしつつ改良しつつということにはなるんだろうな。
閑話休題: ハヤシカレー
さて、100時間カレーのハヤシカレーを食べた。
今まで食べた、圧倒的にうまかった。 しかし、久々の外食ということも合ってか、ちょっと味がわからないところもあった。
マンゴーラッシーが圧倒的に美味しいので、それだけ頼む価値もある。
あと、ハーフ&ハーフじゃなくても、ハヤシライスオンリーでも食べられるみたいだたった。
あと、卵は、ゆで卵みたいな感じは無理だが、半熟のオムライスのような形であれば問題ない。
かわいいとは
「うん。わからん」
最近までそう思っていた。
最近読んだ本によると、女性が言う可愛いとは「いとおかし」のような意味合いに近いらしく、心が動かされたときに発する言葉であるらしい。
たしかにそんな気もする。
最近は、「思考回路が完全に違う別生命体」と思えるようになってきた。
きっと完全に理解するのは困難を極めるのだろうが、理解する遊びとして楽しむのもありだよなと思った。
人間の考えたことなら理解できるはず?
「人間の考えたことなら人間であるので理解することができる」
そんな言葉を聞いたことがある。
が、それは生半可なことではない。
その人の住んでいる環境、普段考えていること、性別、先天的機能、生得的好みなどなど。
たくさんの要素がある。
気を抜くと通り抜けてしまうものばかりである。
別にそれはそれで構わないが、たまには気を向けてみてもいいかもしれないなと思った。