始まり
Xさん「誰もぼくのことを知らないさ」
せっかくなので考察してみた。
今回は以下3バターンを掘り下げた。 - 本当の自分は隠していることの暗示 - 他人を知らない - かまってほしい
本当の自分を隠していることの暗示
「便宜的に社会用に振る舞っているが、実際の私は、こんなんじゃないのですのよ。隠しおおせてますのよ」
という暗示。
まだ見せていない、見せられない、または見せられる相手ではないという場合もある。
「実際の私」というのは、以下のようなパターンがある。 - 素の私 - 家や親しい関係性の間柄での私 - ネットの中での私 - ある特定コミュニティでの私 - 殺し屋業務中の私
基本的に自然に振る舞っているわけではなくて、なにか隠蔽して行動していますという雰囲気がある。
他人を知らない
他人に興味がないので、表層的な情報しか知らない。
学校のクラスメイトや会社の同僚に対して、単に「あたまがいい」「よくしゃべる」「かわいい」などの表層的な一面しか見ていない場合に起こる。
他の人は、単純な要素しかない反面、自分の微細な差異が目立つ。 他人のより深い要素がある可能性を見ようとしないことで発生する。
このタイプは、とあるAさんに「めちゃくちゃ変わっているね」と言ってもらいがっている。 ちなみにそんなXさんに話しかけた「とあるAさん」は、Xさんの心情を理解し、自尊心をくすぐる遊戯を試みようとする変態である。
かまってほしい
他の人がその人に興味がないことを大きな理由として、Xさんについて質問や掘り下げた会話をすることがない。 Xさんは、人が興味を持てる話題を提供しない(できない)または、自然に振る舞う中で興味を持たれるような情報を放たない。
それを経験則的に、理解しているが故に、「秘匿情報」の存在を醸し出すことで、興味を持ってもらおうとする作戦。
というわけで
もし会うことがあれば、せっかくなので私が知ってあげようと思いました。