今年1年で外部公開してない日記(?)を50万文字くらい書いてた。
特に書こうと思って書いてないため、癖の部類に入るのだろうと思った。
ブログや仕事合わせると100万文字はゆうに超えてそう。そりゃ手指を痛めるか。
しかし、アウトプットしないと始まらないため、どうしたものかと思ってしまう今日このごろ。
インプットを減らすのもひとつなのかもな。
利用可能な腕のquotaには限界があるイメージ
人間一人の腕のquotaを超えて使っているので、エラーコードばかり返ってくる。
運営は善意で泣く泣くリソース提供してくれている。
ということで、選択肢としては
- 「腕」サービスの変更
- quotaを引き上げてもらえるよう、運営に頼む
1 に関して
比較的やりやすいのではないだろうか。
と言うのも、音声入力による文字の入力を今やっているからである。これによって多少マシになっている。
しかし、 発話と手による入力では、思考のあり方が少し違うため、慣れるまでにそれなりに時間がかかりそうである。
また、技術的な文字列、例えばプログラミングのコードやリラックスコマンドを書くときは、やや難がある。
これによってちいち切り替えしなくてはならないわけで、メインストリームを発話入力にしなければダメそうな気がする。
というわけで、今日から私は発音入力プレイヤーとなることをここに宣言する。
2 について
筋トレをすれば何とかなりそうな気がするが、 結構難しそうにも思う。
なので、却下!!
発生要因
見てみると興味のある対象に対しての分析を書いていることが多く、事細かに考察を記す傾向があることがわかった。
アウトプットしないと記憶保持領域に常に保持してしまうため、そのことばかり処理してしまう。
というわけで、材料と処理結果をアウトプットすることで、 メモリをクリーンアップしている。
一番の話し相手
私の場合アウトプット結果を外部記憶装置に保持することで、過去の自分と対話するという形式を取っているのかもしれない。
口頭でのアウトプットでは、パケットロスが起こりすぎるということかもしれない。
この形式は、私が興味ある(あった)議題を未来の自分に託すことができる。
また未来に過去の自分も交えて、考察することができる。
で、今この自分とも対話することもできる。
これがタイムマシンということか。
今後の方針
人の言動に対する解釈可能性や前提の探索処理を減らすのも一つのソリューションとなりうる。