火に油な対応
- こちらこそ、もっとマシなのを産みたかった。
- それならさっさと死んじまったらどうだい。
- クーリングオフでもしてみたらどうだね。やりかたがわかるのならね。
哲学的な対応
- 一応我々から産まれたことになっているが、実際神が5分前にそういう家族の設定でつくったらしいから、まあ残念だったね。ままごとを一緒に頑張ってゆこう。
- 我々が産んだのは「からっぽ」の肉体である。いつの間にやら、人の言葉を話すように成ったようだ。「君」は一体「だれ」なんだ?
- こちらこそ、その言葉を吐いたつもりに成っている、「お前が『自分自身』と思っているもの」を顕現させた覚えはない。その肉体に勝手に芽生えたのだろうから。この責任の所在はどこにあると思う?
- もし頼んでも頼まれなくてもいつか意識が芽生えてしまうとしたら、早いほうがいいじゃないか。
生来にちなんだ対応
- 何を言っているんだね。精子の時に必死に卵子を目指したのはお前じゃないか。そしてその精子を受け入れたのもお前じゃないか。脱落する選択肢もあったはずだがね。そして拒否する選択肢もあったはずだがね。お前が生き残ろうとし、また受け入れた結果の産物であるよ。お前は元来2つの性質を併せ持つ。あのときのように前向きにそしてドンと構えて頑張ってみ給え。
- もともと我々は、我々の親、つまり君のおじいちゃんおばあちゃんから生まれているわけだ。そうなると、文句を言うのはそっちになる。そもそもそのまた先祖に対しても言うべきだし、生命を育んだ地球、地球を育んだ宇宙、宇宙を形作った「理」のせいである。我々すべての生きとし生けるものもまた、誰一人として頼んだ覚えはなかった。ようこそ「コトワリ」へ。
詭弁的な対応
- こちらも、産んでなんて頼まれた覚えはないが。居酒屋で考えてみよう。店主は頼まれた覚えはないのにもかかわらず、ハイボールを出した。客は頼んだ覚えはないのにもかかわらず、ハイボールを出された。つまり、サービスということです。得したね!いらないなら、あとは好きにできる。
おわりに
個人的にはこの言葉を言わしめた背景やその動機が大事と思うので、これらの対応が正解かは不明。
実際はなかなか使いづらいかもしれない。