自分の考えはころころ変わります。
2026年時点で↓の記事をちらっと見た感想を書いておきます。
2026年4月時点での結論
気持ちがあれば、大抵なんとかなります。
世間一般の意見は一度全部カス、と思ったほうが良いです(これもその対象となる)。
ただ自分の考えもカスなことが多いものです。
気持ちがないのにあるようなふりをするのは、ある程度で止めたほうがいいと思います。
周りと比べて自慢できそうだとか、モテたいだとかが多数を占めていると、なぜかうまくいきません。
やってみようと思っていることをやってみて、どんな気持ちになるかの自己観察を続けていくのがよいかもしれません。
抽象的なすることが同じなら、なんでもいいかもしれない
抽象的な動作が一緒なら、一見別の仕事に見えても、実質同じとみなせ、何でも良いと思える場合もあります。
例 - 概念系 - お金を稼いでいる人の手伝いを直接する - 新発明をする - 既存の金稼ぎ装置の手入れをする - 仕事の出現ルール系 - ルーティンワークを消化 - 新しいタスクを常に消化 - 身体傾向系 - 論理的思考回路を利用する - 身体を利用する
それぞれの仕事にはトレードオフが存在するので、それを判断して選ぶのもよいですが、やってみないと判断できないケースも多いですね。
自分自信の把握は無理
また、向いていないと思っていることでも、幼少期の経験不足が原因でそう思い込んでいるケースも多そうです。
例 - 電話出る回数があと100回くらい多ければ、電話対応得意に成っていたかもしれない - 比較的走ることが多かったので、暗黙的に体力アドバンテージとれている - 親からフィードバックを多くもらっていたので、相談にメリットを感じ、相談力がついた - 親からフィードバックが少なかったので、相談にデメリットを感じ、自走力がついた - 不安定な環境で育ったので、不安定を安定とみなせるようになった
あたりまえですが、世間のすごそうな人は、なにかしらのリソースが積まれています。
特に社会的に評価されやすい方向にリソースが積まれているので、「すごそう」ということになります。
自他問わずのリソース付与の過程はブラックボックス化されているため、全部参考程度にするのがいいですね。
鍛え方
こういった暗黙的な能力は大抵鍛えられるものです。
実際に体験しないと鍛えにくいなどはあるので、工夫のしがいがありますね。
面倒なら鍛える必要もないので、問題なしです。
遺伝と環境
個々人に与えられた環境や遺伝などの一見覆せないように見える性質はありますが、良くも悪くも本人に知覚できないようなものも多数あります。
現時点では、自分にはこれしかないと思えたりしても、1年後はそうでもなかったりします。
デバフ・バフは程度の差こそあれ、巨視的に見れば大差ないです。
ある職業になるというのは、その動作を日常的にすればよいだけの話であり、
そこに金銭が発生するなら「社会的に」職業として成立しうるだけの話なので、そういう職があると思いすぎないほうがよいかもしれないですね。
会社という箱
金銭発生装置という感じなので、これもまた、ぴったしのがなければ作ればいいです。
自分の可能性を自分で制約する遊び
実際はそうでないのに無駄に自分に制約をかけることは多々あります。
これも遊びの範疇と思えてきました。
いわゆる縛りプレイで、ゲームで難易度をあえて挙げて楽しむものです。
そもそもどういう制限をかけているかわからないゲームをプレイしているようなもです。
制限を発見するのは、実績解除のような楽しみもあります。
また、集められる制限には上限があるため、ときにはクラフトして抽象化していく必要もあるでしょう。
ほかにも、あえてその制約で進み、ある段階で制約を外すことで、連鎖反応を生じさせるみたいな楽しみ方もあります。
本能的なビビリ
人間とは本当に巧みなもので、想定している恐怖体験を実現しやすい構造を持っています。
大抵は、経験・知識・心構え不足のためにビビっていることが多かったように思います。
体感では、心構えが9割くらいを占めています。
現状の自分が考える暗黙的な前提によって、嫌な結果を想像しています。
嫌な結果を想像してビビり散らかす→そのまま状態で進む→当然嫌な結果が再現される→やっぱり自分は正しかった
という寸法です。
想定している恐怖体験を実際に起こし自分の期待に添わせ、「自分の判断は正しかった」と安心することができます。
こういう場合は、懸念点を精査しトレードオフを飲んだ上で、進めばいいだけかなと思います。
特にやったことないことは、前提を取り違えていることはよくあるので、そこから疑うのが良いかもしれません。
行動のトレードオフを知覚できていないので、不運と思える
ある行動は、一定の確率で再現性があり、他の物事に影響を及ぼします。
犬も歩けば棒に当たるように、人も歩けば稀に電信柱に当たります。
電信柱にあたる確率は基本は低めですが、ある程度方針を設けることで調整することができます。
例えば、 スマホ歩きすることで、前を見ないため、電信柱への衝突確率を上げることができます。
しかし、スマホ歩きをやめる場合、特定の情報を得ながら移動の可能となるため、このメリットは捨てなければなりません。
どうしても移動しながら情報を得たい場合は他の手段として、タクシーを利用するなどが挙がってくるかもしれません。
これも電信柱への衝突という大ダメージはいくらか下がることとなります。
今回は電信柱への衝突に焦点を当てていますが、各選択に寄ってそれぞれ何かしらの確率変化はあることでしょう。 (例: タクシーだと運動不足など)
こういった歩き方・移動の仕方の選択も、結局趣味の範囲なのかなと最近は思えてきました。
トレードオフの結果の変動幅(電信柱への衝突確率の大小)を楽しむのは自由です。
衝突確率を小さくすることを楽しむ方向性もよしだし、利益を定義して衝突確率が大きくてもその利益をとるのもよしです。
こうなるとシミュレーションゲームのようなものです。
いずれの方向性にしろ経験していけば、ある程度コントロールできるようになるため、
得手不得手は最終的に関係なく、趣味の範囲かなと思えました。
もちろん、こういった側面にあえて焦点を当てる必要もないですが。
締め
といった具合に、書き散らしていきましたが、今後もまたこういった具合で書き散らしていきたいと思います。